読書ノート

宮部みゆき『人質カノン』

積読解消月間といいながら、積読しているはずの本が見当たらず、結局買いなおすことが続いていたが、これはほんとうに積読解消だ。いまさらながら宮部みゆきは長編にかぎらず短編も面白く、なぜ積読になってしまったか全然わからない。 短編を読んでいて感じるのは、月並な言葉でいうと登場人物に対する...

H.D.ソロー(飯田実訳)『森の生活』

ソローは自分の属する社会が仮想現実=マトリックスにすぎないということに気がついてしまったのだ。ほとんどの人はその現実がすべてだと思い込んで、「静かな絶望の生活」を送っているけど、実はほんとうの世界はどこかほかのところにあるのではないか。ソローはそれを確かめるために、ウォールデン湖...

カート・ヴォネガット(浅倉久志訳)『タイムクエイク』

積読解消月間。 『タイムクエイク』は現在のところカート・ヴォネガットの最後の小説で、本人が作中で公言するところによればそのまま最後の小説になるであろうといわれている。 小説と書いたがこの作品が文字通り小説といえるかどうかは難しいところで、時間の急激な逆行と、それからもとの時間にもどる...

梶井基次郎『檸檬』

檸檬 散歩者の散歩者による散歩者のための小説だ。 八百屋の店先でふと見つけたみずみずしい檸檬。それが不吉な塊をはねのけ幸福感をもたらしてくれる。ぼくもまた檸檬をさがして街々をさまよっているのかもしれない。機会があればそれを使って街じゅうまるごと吹き飛ばしてしまおうとねらっている。そう...

イタロ・カルヴィーノ(脇功訳)『冬の夜ひとりの旅人が』

十年近く間をあけての再読だ。 あなたは今イタロ・カルヴィーノの新しい小説『冬の夜ひとりの旅人が』を読み始めようとしている。さあ、くつろいで。精神を集中して。 という一節からはじまる不思議な小説。この本では読書という行為そのものが、物語のテーマになっている。この物語で「あなた」と呼びか...

保坂和志『猫に時間の流れる』

保坂和志の小説には必ずといっていいほど猫が登場するが、これは猫に主軸をおいた作品。くろしろという嫌われ者のボス猫と主人公の関わりというか、すれ違う様を描いている。猫を擬人化したり逆に機械的なものとしてみるのではなく、猫には猫の人間にはわかりえない内的世界があるという描き方がとても...

吉本隆明・大塚英志『だいたいで、いいじゃない。』

吉本隆明の年代の人がエヴァンゲリオンをみてどんな感想をもつのかなと思って手に取った(ぼくはまだエヴァをみてないが)。だが、こういう年代の離れた人同士の対談でありがちなことだが、年下のほうが主導権を握ってしまい、年長の方の人の言葉はなかなかじっくり読めないのだ。分量としてはサブカル...

大塚英志『木島日記』

コミックにもなっているが、こちらは小説版。『陰摩羅鬼の瑕』の流れで、おどろおどろしいエンターテイメントが読んでみたくなったので手に取った。民俗学者、詩人として有名な折口信夫が遺したとされる日記に書かれている奇妙な出来事を大塚英志本人と思われる作者が再構成しているというスタイル。 昭...

阿部和重『ABC戦争―Plus 2 stories』

3篇からなる中短編集だが、共通するのは語りのゆらぎだろうか、誰がどんな状況でその物語を語っているのかというところにゆらぎがあって、語られている内容のほうも不可解な謎につつまれてしまう。といってもそれが前面に出ているわけではなく、語りにゆらぎがあるものだということが作者と読者の間の...

保坂和志『もうひとつの季節』

『季節の記憶』の続編で登場人物はほぼ同じ。ただ、近所に引っ越してきたなっちゃん親子がほとんど姿を見せない代わりに、猫の茶々丸が加わっている。新聞に連載していたので、いかにも新聞らしい挿絵がついている。 大人になることは言葉の世界を自分のまわりに築き上げていくことで、それによって世界...

京極夏彦『陰摩羅鬼の瑕』

人はそれぞれ自分固有の世界観をもっているものであるが、資質とか機会のせいでどこかしら歪みがあるはずだ。今回焦点があてられている人物は、知性と教養に恵まれその世界観は全きものと思われた。だが、そこにはたったひとつ大きな瑕があった。その瑕が悲劇を呼ぶ。 京極堂のシリーズはいつも果てしな...

ニコルソン・ベーカー(岸本佐知子訳)『中二階』

あるサラリーマンの男が、昼休みの買い物から戻ってオフィスのある中二階にエスカレータで戻るまでに見かけたり、思いついたさまざまな物事について書き綴った本。飲み物の中で浮いてしまうストローの弊害、ストローがくつひもが左右同時に切れる理由、牛乳パックの進歩と牛乳配達という職業の敗北、洗...

林真理子他『東京小説』

フランスの出版社に「街の小説」というシリーズがあって、その東京版がこの本ということらしい。それぞれの作品は林真理子をはじめとするそれぞれの作家に街に関する短編小説を依頼して書いてもらったものだ。 青山を舞台にしたのが、林真理子の『一年ののち』。映画『東京マリーゴールド』の原作で、相...

町田康『屈辱ポンチ』

表題作より冒頭の『けものがれ、俺らの猿と』の方が圧倒的にすごい作品。妻に逃げられ、部屋を追い出されることになった売れない映画脚本家の前においしい仕事の話が持ち込まれるが、それはさらなる悪夢の続き。関わる人間はどいつもこいつもねじのはずれたやつばかりで、怪しい自警団の男にぼこぼこに...

養老孟司『バカの壁』

筆者が口述した内容を編集者が文章化した本。そのせいなのかなんなのか平易な割に読みすすめにくく感じた。他者への理解をはばむ「バカの壁」についてもっと深くつっこんだことが書かれているかと期待していたのだが、特に目新しいことが書いてあるわけではない。が、個性をのばすなどということより「...

町田康『夫婦茶碗』

『くっすん大黒』同様、とめどない堕落志向を持った男たちの物語。これを読んでいると何かをうまくそつなくやることはつまらないことで、ダメにしていくことのほうに美学を感じてしまう。『夫婦茶碗』ではそのダメさが主人公の精神まで侵食して、書きかけのメルヘン小説の主人公小熊のゾルバともどもな...

保坂和志『季節の記憶』

『プレーンソング』や『草の上の朝食』と同じく、静かな日常とそんな日々をいとおしみながいきいきと生きている人々の姿を描いた作品。ただ、登場人物は完全に入れ替わって、離婚して5歳の息子と二人で住んでいる中年男の主人公と、近所で便利屋を営む年の離れた兄妹がメインキャラクター。上の二作に...

スチュアート・ダイベック(柴田元幸訳)『シカゴ育ち』

邦題から、生まれ育った街への愛着がつまったウェルメイドな作品を想像していたが、さにあらず、むしろ前衛的といったほうがいいようなシュールなイメージにあふれた作品だった。その分読みにくさもあって、描写が続くところなどは文字の連なりを意味に変換するのにとても苦労した。おそらく重要な箇所...

吉田修一『熱帯魚』

青い涼しげな表紙に惹かれて買った。 自己中心的な男が主人公の短編が3つ。そんな男たちの身勝手な日常が書き込まれている中に唐突に顔を出す鮮烈な視覚的イメージ。プールの水の底でゆらゆら熱帯魚のように泳ぐ色とりどりのライター(『熱帯魚』)、地図の上に置いた空き缶が雪の中に埋もれる(『グリ...

北村薫『リセット』

『スキップ』、『ターン』に続く時と人の三部作の完結編。といっても三作の間にストーリーも登場人物もいかなる関連もない。不思議な時間の流れに翻弄される人たちというのだけが共通している。時間がいきなり『スキップ』したり『ターン』を繰り返したあと、本作での時間のいたずらは輪廻。いたずらと...