読書ノート

思想地図β Vol.1

この「思想誌」がどういう理念や文脈の元に創刊されたかということは、あちこちに書かれていると思うのであえてくりかえさない。その理念に共感し、文脈を理解しているということもあるが、今回本誌を買ったのは、ショッピングモール特集に惹かれたからだ。 ショッピングモールが好きだ。テナントが気軽...

岡田暁生『西洋音楽史----「クラシック」の黄昏』

西洋芸術音楽の歴史のはじまりから終わりまでを明晰でめりはりのきいた表現で解説した本。 はじまりは中世のグレゴリオ聖歌から。単旋律で純宗教的な音楽が、徐々に複雑化、世俗化していき、ルネサンス時代の音楽になり、それがやがてバロック以降のいわゆる「クラシック音楽」につながってゆく。 絶対王...

東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』

夢中になって、一気に読んでしまった。 東浩紀自身の分身のような哲学者・批評家・小説家葦船往人とその家族たちがパラレルワールド間を行き来し、時代を飛び越え、新たな家族の絆を模索する本格SF(Speculative Fantasy)。量子回路のネットワーク、人間の意識を媒介にしたパラレル...

川上未映子『ヘヴン』

同級生からひどいいじめをうけている中学生の少年のもとに「わたしたちは仲間です」というメッセージが届く。会いにいってみると、同じようにいじめられている同級生の少女だった。ぼくだったら、同病相憐れむという感じがして、かなりがっかりすると思うが、このコジマという少女は単なるいじめられっ...

宮沢章夫『時間のかかる読書----横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず』

横光利一(1898-1947)の代表作のひとつである、『機械』という、三段組みで詰め込めば14ページにしかならない中編小説を、月1回の雑誌の連載の中で、11年間132回読み続けたエッセイをまとめた本。『機械』本編も収録されている(青空文庫でも読めるが)。 最初の3回は全然違う話題に...

柴田元幸編訳『燃える天使』

13人の作家による15編の短編、エッセイを柴田元幸が編訳した作品集。アメリカ人5人、イギリス人4人、アイルランド人2人、オーストラリア人とブラジル人がそれぞれ1人ずつという構成だが、スチュアート・ダイベック(相変わらずいまひとつピンとこなかったが)以外は聞いたことのない名前ばかり...

前田司郎『愛でもない青春でもない旅立たない』

脱力系のユーモアと、底抜けにラディカルなシュールさが特長の劇団五反田団を主宰する前田司郎の処女小説が文庫されたというから読んでみた。 主人公の「僕」は大学5年生。何かに夢中になることもなく、学校もバイトもさぼり気味、恋愛もまた流されるまま。そんな怠惰な日常を描いた私小説的な[主人公...

永井均『道徳は復讐である -- ニーチェのルサンチマンの哲学』

永井均のニーチェに関する本を読むのは『これがニーチェだ』に続いて二冊目、内容的には目新しいところはそれほどなく、パフォーマティブな変奏曲集という感じだ。 何度目の当たりにしても、現在公認されている倫理や道徳というものが、ルサンチマン[現実の行為によって反撃することが不可能なとき、想...

コーマック・マッカーシー(黒原敏行訳)『ザ・ロード』

久しぶりに心がうちふるえる読書体験だった。 世界の終わりを描いた文学作品は数多くあれど、これはその中でも究極的に苛酷な状況。 おそらく核戦争で地球が焼き尽くされてから何年かが経過したあとの世界。核の冬により気温が急激に下がり、動植物はほぼ絶滅している。ごく少数の生き残った人間たちは、...

丹治春信『クワイン -- ホーリズムの哲学』

日本では、アクロバティックな言葉のパフォーマンスをくりひろげる、フランスを中心とした大陸系の現代哲学ばかりが紹介されてきたけど、それとは別に、英米ではもっと地道に、言語や論理についての研究が進められてきた。分析哲学あるいは言語哲学と呼ばれる分野だ。 もともと数学や論理学が好きだった...

カフカ(池内紀訳)『失踪者』

従来、『アメリカ』という名前で知られていて、ぼくもそのタイトルで読んだことあるのだが、この間ナイロン100℃の『世田谷カフカ』という舞台でこの作品のストーリーがなぞられているのをみて、そのあまりのめくるめく不条理感覚と、それを自分がほとんど忘れていること両方に驚いた。 まずタイトル...

高原基彰『現代日本の転機―「自由」と「安定」のジレンマ 』

長引く不況からなかなか回復できず、さまざまな問題が山積する現代日本社会。そうなった経緯や背景が共有されないまま、ぞれぞれの立場に応じた被害者意識ばかりが増長し、一部には何の根拠もない陰謀論や妄想がまかり通っている。本書は、ここ数十年の歴史を振り返ることで、そんな現状を理解するため...

ティム・オブライエン(村上春樹訳)『世界のすべての七月』

村上春樹の創作の秘密を知りたいのなら、彼が翻訳した小説を読めばいいのかもしれない。人物描写とか会話、比喩などそこかしこに村上春樹らしさの断片がちりばめられていて、翻訳でなく村上春樹の作品を読んでいると錯覚する瞬間が何度かある。 1969年に大学を卒業した同級生たちが、2000年7月...

メルヴィル(八木敏雄訳)『白鯨』

日本語圏ではあまりそういうのはないけど、英語圏には読んでいて当然とされている本がいくつかあって、聖書を筆頭に、ギリシア・ローマ神話、シェークスピア……そしてこの『白鯨」もそのひとつだ。冒頭の「わたしを「イシュメール」と呼んでもらおう」という言葉は有名す...

カズオ・イシグロ(土屋政雄訳)『日の名残り』

長年ひとつの屋敷に勤め上げ老境にさしかかった執事ミスター・スティーブンスが、イングランド西部地方を自動車で一人旅する。彼の目に映るのは現在(1956年が舞台)の風景より、過去の思い出だ。最初、自らの高い職業意識と、かつての主人ダーリントン卿に対する尊敬の念が語られて、失われゆく時...

佐藤春夫『田園の憂鬱』

『美しき町・西班牙犬のいる家』を読んだ直後くらいに読もうと思っていたのだが、なかなか置いている本屋がなくて一年近くたってしまった。 作者の佐藤春夫自身とおぼしき神経衰弱気味の男が癒しをもとめて、東京近郊の農村に妻と犬猫ともども移り住むが、かえって状態が悪化して、妙な幻聴が聞こえたり...

アラン・ワイズマン(鬼澤忍訳)『人類が消えた世界』

人類が今突然あとかたもなく消え失せたら、地球はどう変化するのだろう?都市は速やかに崩壊し、地表はほとんど森に覆われる絶滅寸前の動植物も息をふきかえす。本書の冒頭で予言されるそんな情景を思い浮かべると、感傷と安堵がいりまじったような複雑な気分になってくる。 しかし、本書のトーンは人類...

佐々木敦『ニッポンの思想』

佐々木敦さんのことを知ったのは、TBSラジオで毎月一回深夜に放送されている文化系トークラジオ Lifeという番組がきっかけだった。サブパーソナリティーとして番組に出演していて、ラジカルで鋭い話しぶりにすごい人だと思っていたが、たまたまこれまで著書を読む機会がなかった。基本的に音楽、...

稲葉振一郎『社会学入門―"多元化する時代"をどう捉えるか』

社会学といえば、学生時代ほとんど出席せずに、試験で、タイムパラドックスが存在しないタイムトラヴェルの原理について書けとかいう問題に、解答を書いて、単位をもらったことをよく覚えているが、ちゃんと勉強しておけばよかったなと後悔しきりだ。 本書は、大学の一年生向きに社会学というのはどうい...

古川日出男『ルート350』

帯に「初の短編集」と書いてあって、そんなことないだろうと思ったが、そういわれてみればいわゆる短編小説は読んだことがないことに気がつく。というか、なんとなく、ぼくは古川日出男の小説をさんざん読んだ気がしているが、実はまだ数冊しか読んでないのだった。 ほとんどの作品の主人公が小学校高学...