読書ノート

殊能将之『美濃牛』

長編第一作の『ハサミ男』を大絶賛しておきながら二作目の本書を読むまでえらく時間があいてしまった理由の一つは凶器に使えそうなくらいの本書の分厚さで、もう一つは、「探偵」が登場するというのをきいて、古典的でありきたりな推理小説という想像がぬぐいきれなかったためだ。 実際読んでみたら、想...

横山裕一『NIWA』

絵を見てもそれがなかなかその場面の意味内容と結びつかないせいなのか、どうもコミックを読むのは苦手で、ここでコミックを紹介するのは高野文子『黄色い本』に続いて二度目だったりする。 はじめて横山裕一の作品を見たのは六本木の森美術館で、コミックのページが現代美術の作品として展示されている...

入不二基義『哲学の誤読―入試現代文で哲学する!』

大学入試の問題に出題された4人の哲学者野矢茂樹、永井均、中島義道、大森荘蔵の文章を題材に、解説者、出題者、本書の著者、そしてオリジナルの文書を書いた執筆者自身、というさまざななレベルの誤読を対照することにより、それぞれのテーマを深く読解する。 本書に載せられた4つの文章は(具体的に...

松浦寿輝『半島』

ぼくももう立派に(というよりあまり立派じゃない)中年の一員だけど、中年期というのは、青年期のようにものの価値や美に執着する性向と、そういうものは所詮仮初のものだし取り逃し続けたって別にかまわないという諦観と解放感が入り混じった態度に引き裂かれているもので(そのどちらも「自由」と呼...

古川日出男『サマーバケーションEP』

最初のページを開いたときからそれははじまっています。それとは、冒険です。年齢も性別も国籍もばらばらな人々が、井の頭公園から東京の都心をぬけて海を目指します。ガイドしてくれるのは、やわらかで透明でリズミカルな文体と、とびきりの幸福感。 最後に、そこで。海で。彼らはそれを手に入れます。...

チェーホフ『かわいい女・犬を連れた奥さん』

劇作家として有名なチェーホフは短編小説の名手でもあり、多くの作品を残している。といっても日本語で手軽に読める作品はとても少なくて、本書に収録された晩年の7編はかなり貴重な存在だ。 どの作品でも、それぞれの静かな絶望の中に閉じこめられた人々が乾いた筆致で描かれている。絶望の中で光るの...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『トゥルー・ストーリーズ』

1983年から2002年に書かれたポール・オースターのエッセイをまとめたもの。若いころの貧乏話、時事問題に対するメッセージなどあるけど、一番大きなパートを占めるのはオースター自身および彼の知り合いが経験した「信じられない偶然」の数々だ。 オースターの小説では偶然が大きな役割を果たし...

原尞『愚か者死すべし』

前作『さらば長き眠り』から9年もの月日をおいて刊行された、探偵沢崎を主人公にした新シリーズ。著者による後記に「ただひたすら、それら(旧シリーズの諸作品)より優れて面白い作品を、それらより短時間で書くための執筆方法と執筆能力の獲得に苦心を重ねておりました」とある通り、これまでとは文...

矢作俊彦『ロング・グッドバイ』

「長いお別れ」じゃなくて”THE WRONG GOODBYE”つまり「間違ったお別れ」だ。といってもバチモノではなく、チャンドラーとフィリップ・マーロウの系譜を受け継ぐ正統的なハードボイルドだ。 主人公の二村永爾は神奈川県警の刑事だ。彼はある夜、ビリーと名乗る、日系アメ...

村上春樹『風の歌を聴け』

記念すべき村上春樹のデビュー作。再読のはずだけど、たぶんそれは前世の出来事だったようだ。 途中からひょっとしたらと思ったが、語り手の「僕」が文章についての多くを学んだというデレク・ハートフィールドはやはり架空の小説家だった。つまり、デレク・ハートフィールドは村上春樹にとってのキルゴ...

銀林みのる『鉄塔 武蔵野線』

鉄塔の写真を何度か撮っているし、世の中平均より鉄塔好きのぼくではあるが、鉄塔が小説になるとは思いも寄らなかった。いや、もちろん人々とのふれあいとか恋愛とかサスペンスとかを盛り込めばどうにでもなるだろうが、小学生が高圧線沿いに鉄塔を訪ねて進んでゆくというだけで十分物語として成立して...

藤田宣永『転々』

映画を観た後に原作というパターンだが、この作品に関しては映画と小説は別物という感じだったし、幻滅しそうな気がしてためらっていたのだが、映画の持っているいい意味での宙ぶらり感が、原作との間にどんな力学が働いて生まれたものなのか気になって、結局読むことにしたのだ。 予想はあたっていて、...

ポール・セロー(村上春樹訳)『ワールズ・エンド(世界の果て)』

つきはなしたような冷たいユーモアが特長の短編集。故郷から遠く離れた異郷にいる人たちが主人公になっている。人間の実存を感じさせるような重い作品はないけれど、冒頭の表題作『ワールズ・エンド(世界の果て)』と最後の『緑したたる島』は、いつの間にか人生の袋小路に入り込んだ人々の絶望をとて...

古川日出男『gift』

10ページほどの掌編が20個つまっている。リズミカルな文章で語られるのは、物語の骨格から自由で、変形自在のインプロヴィゼーションだ。雨の話とか暗いトーンの話もあるのだが、全編を通すと、なぜだか穏やかな日向の風景が思い浮かぶ。長大な『アラビアの夜の種族』と比べると古川日出男という小...

安部公房『壁』

高校生の時以来の再読。当然のようにすっかり内容を忘れていた。 あの当時はまだカフカも読んだことなくて、はじめた触れたいわゆる不条理文学だったので、この作品というよりこのジャンルへの驚きが大きく、この作品の特長をとらえきれなかったと思う。今回読んでみて、メタフォリカルなエピソードと、...

アルフレッド・ベスター(中村融訳)『願い星、叶い星』

日本で独自に編まれた短編集。どれも粒ぞろいの作品で訳もいい。 『ゴーレム100』の作者がどんな短編を書いているのかと思って読んだが、最後の『地獄は永遠に』をのぞいてはアンドロイド、タイムトラベル、地球の終末などをテーマにしたオーソドックスなSFだった。特に『イブのいないアダム』のラ...

『文化系トークラジオLife』

TBSラジオで放送されている(少なくとも個人的には)大人気番組「文化系トークラジオLife」を書籍化した本。基本的には放送された内容の文字起こしで、ぼくみたいに何度も何度もヘビーローテーションでpodcastingを聞き返した人間には既視感を感じる内容だったが、あらためて活字とい...

ジャック・ケルアック(福田実訳)『路上』

四度にわたりアメリカ全土(+メキシコ)を横断した破天荒な体験を、詩的で象徴的な文章で、小説としてまとめあげた記念碑的な作品だ。この作品を通してアメリカという国がもう一度発見されたのだ。 最初の旅は、路上をかけぬける爽快感と解放感に身をまかせていられたが、二度目以降は旅の疲れにおそわ...

多木浩二『肖像写真―時代のまなざし』

19世紀後半に活躍したナダール、20世紀前半のアウグスト・ザンダー、そして20世紀後半のリチャード・アヴェドンという3人の肖像写真家の作品を対比させながら、肖像になる人々の顔およびそれを撮る側の視線の変化をたどってゆく。 ナダールはパリにスタジオを構えて、主に高名なブルジョワジーの...

ジョセフ・ギース/フランシス・ギース(青島淑子訳)『中世ヨーロッパの都市の生活』

いわゆる暗黒時代からぬけだして中世文化が花開いた西暦1250年という年の、フランスシャンパーニュ地方のトロワという町における、人々の生活をさまざまな角度から描き出している。 トロワはいまでは人口6万人、パリから電車で一時間半のところにある郊外の小都市だけど、1250年には1万人とい...